| 1918年~1959年 | |
|---|---|
| 1918年 5月 | 宮木電機製作所を創立(京都市上京区石原町)、高圧並びに特別高圧用油入遮断機、配電盤及付属機器の製作開始 |
| 1924年 10月 | 工場(京都市中京区星池町)新築移転 人絹工業用ブレーキスイッチ・アクガスイッチを発明工業化、 帝国人造絹糸株式会社(現 帝人株式会社)に納入する |
| 1929年 6月 | 工場(京都市中京区西ノ京原町)新築移転 |
| 1934年 12月 | 株式会社宮木電機製作所(資本金25万円)設立 宮木男也代表取締役就任 |
| 1954年 4月 | 労働省産業安全研究所より工場電気設備防爆委員会第1専門委員を委嘱され「工場電気設備防爆指針」の審議に参画する |
| 1954年 6月 | 資本金400万円に増資 |
| 1956年 5月 | 労働省産業安全研究所のご指導のもとに「交流アーク溶接機用電撃防止装置WDA-A500形」を完成、製作開始、有名各造船所に納入開始 |
| 1959年 4月 | 棋界に魁がけ「5段積コントロールセンタを開発」発売開始 東洋レーヨン株式会社(現 東レ株式会社)滋賀工場に納入する |
| 1959年 4月 | 京都セラミック株式会社(現 京セラ株式会社)を創立し、初代代表取締役社長に宮木男也就任 |
| 1960 年~1969年 | |
|---|---|
| 1961年 9月 | 「6段積コントロールセンタを開発」 味の素株式会社九州工場に納入 |
| 1962年 2月 | 「交流アーク溶接機用自動電撃防止装置」JIS規格原案作成委員を委嘱される |
| 1962年 2月 | 「8段積コントロールセンタを開発」 倉敷レイヨン株式会社中条工場(現 株式会社クラレ中条工場)に納入 |
| 1962年 10月 | 棋界に魁がけ爆発等級3級の防爆形操作スイッチを開発、発売開始 |
| 1963年 10月 | 社団法人日本電機工業会より「コントロールセンタ」の技術専門委員を委嘱されJEM規格原案を作成し審議に参画 |
| 1964年 2月 | 資本金1,200万円に増資 |
| 1968年 2月 | フローリレーFD形を開発 発売開始 |
| 1968年 3月 | 資本金1,800万円に増資 |
| 1968年 8月 | 交流アーク溶接機用電撃防止装置にプラグイン制御器を採用 |
| 1968年 11月 | 「12段積コントロールセンタ」を開発 味の素株式会社川崎工場に納入 |
| 1969年 1月 | 西枝一江代表取締役就任 |
| 1969年 8月 | 交流アーク溶接機用電撃防止装置の需要増大に伴いベルトコンベア方式による生産に入る |
| 1970 年~1979年 | |
|---|---|
| 1970年 6月 | 交流アーク溶接機用電撃防止装置・超高感度起動形Eシリーズを開発、製作開始 |
| 1972年 9月 | 三菱レイヨン・エンジニアリング株式会社と共同にて紫外線照射塗装硬化システム開発 |
| 1973年 12月 | ごみ焼却炉用電気設備を製作 日本鋼管株式会社(現JFEエンジニアリング株式会社)に納入 |
| 1973年 12月 | 事務管理にコンピュータを導入 |
| 1974年 1月 | コントロールセンタ・配電盤製作の専門工場を新築 |
| 1978年 1月 | 辻芳郎代表取締役就任 |
| 1978年 5月 | 資本金9,900万円に増資 |
| 1979年 9月 | マイコン搭載の制御装置を開発 発売開始 |
| 1980 年~1989年 | |
|---|---|
| 1980年 7月 | 交流アーク溶接機用電撃防止装置テスター「WT-11」を開発 発売開始 |
| 1981年 2月 | 交流アーク溶接機用電撃防止装置「Mシリーズ」開発を機に発明大賞「福田特別賞」を受賞 |
| 1983年 1月 | 交流アーク溶接機用電撃防止装置、省エネルギー形「Uシリーズ」を開発 発売開始 |
| 1985年 5月 | 本社・工場(亀岡市大井町並河)新築移転 |
| 1986年 2月 | 三菱レイヨン・エンジニアリング株式会社と共同にて光デスクコーティングシステムを開発 |
| 1988年 3月 | 防水防食形操作スイッチAS形ステンレスケースシリーズを発売開始 |
| 1988年 8月 | 防爆形操作スイッチES形ステンレスケースシリーズを発売開始 |
| 1988年 11月 | 検査棟を新設 生産工程の合理化を図る |
| 1988年 12月 | 相馬明夫代表取締役就任 |
| 1990 年~1999年 | |
|---|---|
| 1990年 9月 | 京都開発本部敷地に技術センター新築 技術本部新設、設計・技術部門の拡充を図る |
| 1993年 5月 | 旭エンジニアリング株式会社、株式会社デジタルと共同で耐圧防爆形タッチパネルを開発 |
| 1995年 1月 | 葛原喜一郎代表取締役就任 |
| 1995年 2月 | 交流アーク溶接機用電撃防止装置WDAU-503、WDA-M303を発売開始 |
| 1995年 11月 | 缶シュレッダーを開発、環境関連分野に進出を図る |
| 1997年 7月 | ISO推進室を設け、ISO-9001取得に向け活動を本格化 |
| 1999年 6月 | ISO-9001取得 |
| 2000 年~ | |
|---|---|
| 2000年 2月 | ESNシリーズ防爆形コントロールスイッチ(IEC規格適合品1996-9改正)を発売開始 |
| 2001年 4月 | サン電子工業株式会社(現 旭化成EICソリューションズ株式会社)と共同で超音波式タッチパネル(内圧防爆構造)を開発、発売開始 |
| 2002年 12月 | サン電子工業株式会社(現旭化成EICソリューションズ株式会社)と共同で超音波式タッチパネル(耐圧防爆構造)を開発、発売開始 |
| 2003年 1月 | ESDシリーズ耐圧防爆形表示器を開発、発売開始 |
| 2003年 1月 | 小田明代表取締役就任 |
| 2003年 2月 | 大阪営業所廃止(大阪堂島)、京都営業所と統合 西部営業所(京都市中京区)として営業開始 |
| 2003年 3月 | 営業本部・技術センターを本社に統合、業務の合理化を図る |
| 2003年 7月 | 防爆形通信コンセント オランダ(KEMA)検定取得 |
| 2003年 11月 | 東京ビッグサイト システムコントロールフェアに 防爆形タッチパネル、防爆形Webカメラ出展 |
| 2004年 4月 | JEM1195-2000年度版対応コントロールセンタ開発 マルチリレー搭載形、OLR搭載形2機種同時発売開始 |
| 2004年 4月 | サン電子工業株式会社(現 旭化成EICソリューションズ株式会社)と共同で防爆形キーボード・マウスを開発 発売開始 |
| 2004年 9月 | サン電子工業株式会社(現 旭化成EICソリューションズ株式会社)と共同で防爆形タッチモノタ(17インチ)を開発 販売開始 |
| 2005年 4月 | 危険エリアでの無線ネットワークに取組、防爆形アクセスポイントを開発 発売開始 |
| 2006年 5月 | 防爆形スイッチングハブ を開発 発売開始 |
| 2007年 1月 | 防爆形タッチパネル EXGP-2500 中国検定取得 |
| 2007年 4月 | 防爆形タッチパネル 中国北京展示会へ出展 |
| 2007年 6月 | 防爆形Webカメラを 発売開始 |
| 2007年 8月 | 電子帳票システム導入 業務の合理化を図る |
| 2007年 10月 | 第2技術部特機課を京都市中京区(西部営業所所在地)に移転 |
| 2007年 10月 | 遠距離用防爆形アクセスポイント を発売開始 |
| 2007年 11月 | 東京ビッグサイト システムコントロールフェアに 防爆形タッチパネル、防爆形タッチモニタ、防爆形Webカメラ、防爆形アクセスポイントを出展 |
| 2008年 4月 | 河原 耕嗣 代表取締役就任 |
| 2008年 5月 | 1918年(大正7年)の創業以来、90周年を迎えた |




















